ロードバイクでめぐる近江の旧街道~朝鮮人街道(後半)

近江八幡から黒橋へ

朝鮮人街道サイクリングルート紹介の後半です。

前半はこちら!
「ロードバイクでめぐる近江の旧街道~朝鮮人街道(前半)」

美味しいお蕎麦を頂いてほっこりしたところで先を急ぐことにしました。
この近江八幡の街は「八幡堀」を始めとして歴史情緒溢れる建物や史跡が数多く残り、滋賀を代表する近江文化を深く感じることができる場所。
いろいろと巡ってカフェなんかでさらにほっこりしたいところですが、目的地の鳥居本まではまだまだ距離があります。しかも家まで帰ることも考えとかないと…、今日は輪行バッグは持ってきてないし。

八幡の町中をそのまま真っ直ぐ突っ切ります。
その先は城下町の旧街道にありがちな「七曲がり」があるのでちょっとルートがややこしくなる。


ふと道沿いの和菓子屋さん発見!
「紙平老舗」というお店です。
近江八幡と言えば「丁稚羊羹」。サイクリストにも羊羹は代表的な補給食ですよね。
ということでお土産がてら羊羹のウイロウを購入。


近江八幡の街中には「朝鮮人街道」や「京街道」といった文字のある道標がいつくか建っているのが嬉しい。

さてそろそろ曲がり角が…

このお店がみえるとそこが「仲屋通」。
この角を右折します。
手前には近江牛のお店もあります…私には縁のない高級店ですが(^^;)

仲屋通も雰囲気のある通りです。

旧八幡郵便局は明治の頃にこの近江八幡を中心に活躍したウイリアム・メレル・ヴォーリズの建築したもの。ヴォーリズは当時「青い目の近江商人」とも言われ近江兄弟社を設立して「メンソレータム(現メンターム)」を日本に広めた人でもあります。

そんなことでこの近江八幡には安土桃山時代~江戸~明治のそれぞれの年代を感じられるのです。

と言っている間にすぐ曲がり角が。

地図上の目印にはここの角に「山岸鶏肉店」があるはずなのに…   

ない!!(゜o゜;)

すっかり更地になって跡形も無かったので通り過ぎてしまうところでした。
グーグルマップで位置を確認してひとまず左折して進みます。


するとしばらく進んだところにも道標が…
いやあホントに助かります。(^^)

そして、

八幡中学校の前まで来るとまた右折です。


ここは縄手町という地域、このあたりから観光地っぽさはなくなります。


ここの交差点の先にやや左斜めに道が続いてますのでそちらへ進みます。

先で県道2号と再びぶつかります。


角に大きな常夜灯があるのが目印。

この県道2号を渡り、向かいに見えている
「おかもと眼科」の脇の道を行きます。

おうみ堂のカーブを道なりに左へ進み、県道26号に出ます。

ここはその先に伸びる道を進むのですが、信号が無く交通量も多いので、左手の先にある信号のところまで行ってからわたった方が良さそうです。

黒橋~安土へ

ここをわたると「黒橋」という地域。

1525年頃にここを戦場とした「黒橋の戦い」ってのがあったそうです。

少し行くと道標が…

ここは朝鮮人街道と「八風街道」の分岐点。
八風街道とはここ近江八幡から中山道の武佐宿、八日市を抜け、鈴鹿山脈の「八風峠」を越えて、東海道の四日市、桑名へ抜ける脇街道。
つまり近江商人達はこの道をつかって中山道や東海道に出ていき、日本全国へ販路を求めて散らばっていった重要な道なのです。
(次回はこの道を走ってみたいな・・・峠あるけど・・・)


少し行った先の「黒橋公民館」の前で右に曲がります。


その先を道なりに左カーブし、西ノ庄の住宅街の前で右へ。そしてぶつかった先のT字路で左折します。

ここから150mくらい行ったところで左に入って集落のなかをさらに北へ進むのですが、私はそのまま真っ直ぐ突っ切ってしまいました。(なので写真がない…)
ぶつかった先の県道199号を右折。


さらに金円寺の前にある祠の角で左折しさらに北へ。このあたりからは割合単調な真っ直ぐの道が続きます。

県道199号をひたすら安土に向かって突き進みます。

途中、行者堂のところにも大きな常夜灯がありました。

さらに進んで、

右手に「にしい呉服店」が見えてきたら、その角を左折。


1つ目の角で右折するとまたまた古めかしい通りに。重野酒店前には何やらかなり年季の入った木箱がうず高く積みあがっており時間が止まっているかのような
雰囲気があります。


楽市楽座館という観光案内所にも「下街道」の文字が。安土駅はもう目の前です。

安土~能登川へ

安土駅の前まで来ました。ここで駅前の大きな通りを左折します。

現在(2017年2月)は安土駅は駅舎の工事中なんですね。安土は歴史的にも非常に有名な土地でもあり観光客を呼べる資源があるのですが、
駅前は閑散としております。
これも結局信長が本能寺に倒れ、秀吉が安土の街をそっくりと全部八幡に持っていってしまったことの名残なのか・・・
新しい駅舎はどんなふうになるのでしょう・・・ね。


300mほど真っ直ぐ進むと「安土公民館」が右手に見えます。ここを右折するのですが、親切にも角のところにも「下街道」の標識があります。
ただかなり電柱の上の方にあるのでよく見ないと気づかないかも・・・
なんでこんな上の方に付けとんねん??


1つ目の角に道標があります。ここをまた左折。


200mほどいくと鳥居が見えてきます。
「活津彦根神社」(イクツヒコネジンジャと呼ぶ)という神社の鳥居です。彦根と付くだけに彦根市と何か関係あるのかと調べたら、
イクツヒコネノミコトという神話の神様を祀っていて、日本にはここの他に彦根市の彦根神社という2社がこの神様の神社として存在するらしい。
やはり彦根と関係ありなんでしょうね。 で、ここを右折。やはり城下町はお決まり通りクネクネします。


この角を左折したら・・・、


「下豊浦北」の交差点に。またまた県道2号。どうも県道2号は朝鮮街道の道筋に沿って走っているのかな・・・。
安土城跡に近づいてきました。


このまま能登川へ向けてひた走ります!
途中田んぼの向こうに安土城跡が見えます。実はfunazushi-maruまだ一度も安土城跡に登ったことがありません。
これもまたブログに書くことがあれば「初めての安土城」みたいなタイトルになるのかも・・・。

さて、いよいよ能登川に入ります。

県道2号の安土の坂を登り切ったあたりに十字路の交差点になっているところがありまして、これを右折。
しかしなかなか交通量の多いところで、この場所で左車線から右折するのは結構危険。
なので「下豊浦北」の交差点あたりで右車線側の歩道に入っておいたほうが良いです。

能登川~彦根へ

左手に安土城を見ながら坂を登ってきましたが、右手にも山があります。ここには佐々木氏や六角氏の居城であった
「観音寺城」がありました。そのかつての二つの城跡谷間を通って行くんですね。
観音寺山の麓に沿ってここからは進みます。(ちなみに中山道はこの山の反対側の麓を走ってます)


とおくに「やわらぎの郷」という公園が見えます。

このあたりは「須田」という地域。

ここに道標がありました。これは昔の領地を示すためのもののようですね。真新しい道標のよこに折れた古い道標が置かれていました。


須田不動の滝を示す道標もあります。


しばらく行くと「繖名水」(さんめいすい)といわれる湧き水があります。
「滋賀県湖北エリアの名水めぐり」というブログに詳しく紹介されております。
このブログによるとどうもこの上を走るトンネルを作ったことでできたもののようです。
(大変詳しいことが書かれていてブログの作り方としても参考になりました。)


「繖峰三神社」(さんぽうさんじんじゃ)の鳥居が見えてきます。さっきから読みにくいこの「繖」という字。「きぬがさ」とも呼びます。
安土山、観音寺山から続くこのあたりの山が「繖山」(きぬがさやま)という山。
ここでは滋賀を代表する奇祭ともいわれる「伊庭の坂下し」というお祭りがあります。
山の天辺から重たい神輿を担いで降りる祭りなのですが、その坂が写真でも若干見えている通り坂というよりも崖っぽい?感じ。
毎年怪我人がでるとのことですが納得・・・。


「望湖神社」を過ぎて、

奥村兄弟商会の角を曲がります。

ここから再び県道2号にでますが、この能登川を朝鮮人街道がどのように通っていたのかは諸説あるようで、私は前述の参考にした本に従い、ここは県道2号を「林」交差点まで進むことにしました。


能登川の街も以前住んでいたことがあるのですが(もうかれこれ30年前??)すっかり駅前は整備されて綺麗な新興住宅街の様相。
記憶の中にある景色とも随分変わりました。おそらく旧街道もそうやって消えていった部分があるかもしれません。


林交差点を右折してしばらく行った先でJRの踏切を越えます。


細道を通って・・・


この写真の角で左折しました。

駅前の道を真っ直ぐ進むと、

「垣見天神社」があります。
この神社沿いに道なりに進むと再び踏切があって、それを越えるとまたまた県道2号がありますので右折して県道を進みます。

いよいよ彦根市内へ

県道を真っ直ぐ進むと「愛知川」を渡る「八幡橋」に差し掛かります。

ここを渡るといよいよ彦根市内です。
ただしばらくはこの県道の真っ直ぐ単調な道が続くのでちょっとつまらないかも・・・。


真っ直ぐばかりで油断しているとこの「上稲葉」の交差点を見落としてしまいます。
忠実に朝鮮人街道をトレースするならこの交差点で一瞬だけ県道から外れる分岐を走らないといけません。(マップのポイント108参照)

さらに真っ直ぐ進みます。

県道は小山に沿って右カーブしていきますが、朝鮮人街道はそのままこの先を真っ直ぐ。


真っ直ぐ行き過ぎるとこの写真の「國昌寺」に突き当たりますが、その一本手前を左折して進ます。

2つ目の角を曲がり、

しばらくいくと荒神道の道標があります。
山の名前がわかりませんがこの小山にそって集落と道が続いてます。(彦根は生まれたときからの地元なのですがこんなところに
足を踏み入れたことはなかった・・・)


「天満天神社」の前を通り過ぎ、宇曽川の前に出ます。


ここで堤防沿いにはいかずに小さな集落の中へ。


道なりに進むと宇曽川の橋にでますのでこれを渡ります。

真っ直ぐ進むとまたしても県道2号線。

「園芸センター森」の角を左折します。

さらに県道を進むと、

日夏町の集落に入ります。
一部急に旧道らしいクネクネ道になり、横を流れる水路が現れます。
この水路の水がやたら綺麗ですごく気になるのですが、調べても何もでてきません。
日夏町「泉」という地域とのことで、もしかすると綺麗な水が湧き出るところが付近にあるのかも…


水路の近くに朝鮮人街道の道標がありました。


また県道を進んで「甘呂東」の交差点を一つ越えたところを右折し荒神山通りにでます。地図で見ると荒神山通りは甘呂東の交差点からジグザグと
進んでいますが、ここも資料では直角に1回曲がるのみ。県道2号とはここでお別れです。


ここから堀町の交差点までにラーメン屋が数件あります。(なんでこんなところがラーメン街道になっているの?)
お蕎麦ではお腹いっぱいにはならず小腹が減ってきたところ。
思わず引き寄せられそうになりますが、もう時間も残り少ないので先を急ぎます。
この堀町交差点を左折。ここから県道206号に。


犬上川を渡ると、宇尾町です。

十王村の水

宇尾町から西今町にいたる県道206号は昔ながらの古い街です。このあたりは道も広くならず、景色も子供のころから
変わっていません。
少し行くと右手に昔からある祠のある池のような場所が現れました。


ここは「十王村の水」環境省名水100選にも選ばれている湧き水です。
また湖東三名水(十王村の水/五個荘清水ヶ鼻の水/醒井の水)の一つにもなっております。

昔からあるのですがいつもこの道は通り過ぎるだけで立ち止まったことはなかったのですが、初めてじっくりと見ることができました。
名水とはいうものの地元の方が普通にペットボトル片手に水を汲みに来たり、近所の子たちが魚を捕りに来ていますので
地元の生活の場所としてずっと昔からあるのでしょう。
子供たちが「ハリヨがいる」と言ってましたが、たしかに居ても不思議ではないくらい綺麗な水です。
ただ県道自体が交通量も多く、付近に駐車場などありませんので車で来ることは難しいです。
ここはやはり自転車だからこそ立ち寄れる場所だと思いますね。

いよいよ彦根城下へ

さて十王村の水を過ぎると街並みがガラッと市街地っぽくなってきます。
このあたりになると南彦根駅周辺の整備された街並みになって付近の交通量もぐっと増えます。


またまた真っ直ぐな県道によって途切れた旧道が。
西今の交差点から少し行ったところにやや右斜めに行く道があります。これが旧道の名残なんですね。

市街地を注意しながら走行し、「雨壺山」の交差点にぶつかるところまでひたすら真っ直ぐ。

その先で道なりには行かず、「イワタニ近畿」の前を左折。

結局また県道に戻るのですが・・・。こういう旧道の名残を大事にトレースすると意外な史跡が発見できたりするので結構重要なんです。
と言ってもここには特に何もなかったのですがね・・・。

しばし進むと芹川に。

この橋の袂にもひっそりと道標がありました。ここまで順調に朝鮮人街道を進んでこれました。
こういった案内を残してくれている様々な方の働きがあるのをありがたく感じます。
ここを越えるといよいよ彦根の中心街です。

彦根銀座~佐和山


橋を渡ると「彦根銀座」という彦根の中心街。銀座交差点を左折して商店街へ。
ですけど・・・こちらの商店街も地方の衰退を感じさせるには十分な閑散具合・・・。
日曜日なのに人がかなりまばらで、お店も半分はシャッターが閉まっている様子。
滋賀を代表するスーパー「平和堂」の本店はこの銀座に今でもありますが、あまりの閑散具合に言葉がなくなります。
子供の事は買い物と言えばこの「銀座」によく連れてきてもらって、平和堂でクリスマスプレゼントを親にねだって泣きついたのを今でも
思い出します・・・。

この先でちょっと変な曲がり方をしますので注意が必要。(マップポイント127参照)

「らーめん本気」が見える道に入ります。今では近江ちゃんぽんと呼ばれているジャンルのラーメン屋なのですが、彦根でちゃんぽんと言えば彦根駅前の食堂「をかべ」のちゃんぽん。油で熱々に炒めた野菜たっぷりの具が乗ったあっさり味のスープのラーメン。
学生の頃に野菜が熱すぎて口の中をよく火傷したものです・・・。
ここはそんな私が高校生のころにしょっちゅう食べていた元祖「をかべのちゃんぽん」の味に非常に近い。
チェーン点の「ちゃんぽん亭総本家」なんかはもうすっかり別物ですから。

ぐるっと回って再び商店街に戻り、

彦根城に向かって行きます。

この通りには最近イベントなどでお世話になることがある「五環生活」さんの店舗や、彦根のスポーツサイクルのお店「侍サイクル」さんがあります。

五環生活さんは自転車を用いた生活提案を中心にレンタサイクル事業や人力車などの観光事業などを彦根を拠点に展開されているNPO法人です。
彦根もひそかに最近自転車熱が高まりつつあるかもしれません。
(ストラーダバイシクルも彦根に出店するとのこと。ショップ情報はこちら

ここから彦根城を真横に見ながら(と言っても住宅があってちゃんと見えないのですが)しばらく進みます。
市役所の横も通り過ぎて、彦根北アートホテルを少し過ぎたあたりの、

この写真の角で右折。


ここからJRまでの少しの区間がまた旧街道沿いの雰囲気をわずかに残しています。

真っ直ぐ行くとどんつきに「ディオ・フェルティ彦根」というマンションがあり行き止まりになっています。
その先はJRの線路。さてどうしたものか・・・、朝鮮人街道はこの先JRの線路を越えて進んでいるのです。

ふと周りを見渡すと左手に地下道がありました。

ここから向こう側へ行けそうです。


地下道をでて近江鉄道の踏切を渡り、陸橋の下をくぐって、


佐和山の麓に出てきました。「佐和山美術館」というどこかのお金持ちが道楽でいろんな建物を建てまくっている不思議な場所にでてきます。
バブリーですね・・・。兵どもの夢の跡でしょうか・・・、すでに廃墟となっている様子。

そしてここから佐和山トンネルを越えるのですが、ここで国道8号線の向こう側に側道があるのでそっちでないと自転車ではとてもじゃないですが
交通量が多くて危険すぎます。

とはいえ、8号線を渡らないと側道にも行けない・・・。やむなく車の切れ間にさっと向こう側へ。
佐和山を越えると、いよいよゴールの地「鳥居本」です。

朝鮮人街道の合流地点「鳥居本」へ

さていよいよ佐和山をトンネルで越えるとゴールは目前。
ですが、旧街道はまたしても国道8号線の右側へとそれていきます。なのでまたまた国道を向こう側に渡らないといけません。
ある意味ここが一番の難所ですかね・・・。

車に気を付けて渡ります。(ほんとにトラックなどもブンブン飛ばしているのでかなり危険です。良い迂回路はないものか・・・)
あとは真っ直ぐ行けば中山道との合流地点「鳥居本宿」

国道からほんの1km程度でゴールの中山道との合流点に辿り着きました。
朝鮮通信使達はここからは中山道を通って醒ヶ井、関ヶ原へと抜けていったのですね。


まさにT字路となって中山道にぶつかってました。


道標には「彦根道」とあります。
逆に関東方面から中山道を進んできた人からはここを曲がって彦根市街へと入って行ったのでしょう。

さてここからは中山道をまたまた野洲の行畑まの分岐点目指して戻ることにします。ちょっとノンビリ走りすぎたので、急いで戻らないと…(^^;)

まとめ

朝鮮人街道の本を読んだ限りではもう街道の面影はかなりなくなっているのではないかと思いながら出発しましたが、
意外に各地にそれを示す道標なり案内が残させていることに驚いています。
また国道8号線や1号線、または名神、新名神といった現在の幹線道路に置き換えらえた旧東海道や中山道と比べ、
「○○宿」といった宿場町はないものの近江八幡や彦根といった滋賀の歴史的な観光地を通る道なので、サイクリングを通した観光ルートとしても
非常に魅力的な道であったと思います。(ランチを食べるところも今も当時と同じく近江八幡と彦根がちょうどいい!)
多少ハードかもしれませんが、彦根で1泊し旧中山道の醒ヶ井あたりまで足を伸ばしてから中山道で帰るコースは、かなり歴史や景色を堪能できるのではないでしょうか。

また桜の季節にもう一度走ってみたいなあ・・・。

朝鮮人街道の地図

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コメント

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