自転車でめぐる近江の旧街道~忍者の道・杣街道(2)

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街道の和菓子屋

前回はこちら↓

自転車でめぐる近江の旧街道~忍者の道・杣街道(1)
忍者の道 新型コロナウイルスの影響で、3月末に予定されていた私の関わっている自転車イベントが軒並み中止や延期になってしまいました…。ここま...

さて、続きです。

笠山神社の集落から抜けて再び杣川の堤防に上がります。

ここから真っ直ぐ進むと信楽高原鉄道の起点となる貴生川です。

JR草津線の貴生川駅は杣川の向こう側になるのですが、古い中心地(三本柳)はこの杣街道のある川の南側。

ふと見ると古びた和菓子屋が…、店名には「大彌」とあります。

ここは草津近鉄にも支店がある水口の有名和菓子屋「大彌」の本店だったのです。

店構えからはここが本店とはすぐには思えなかったので、結局中へ入って「あの~、ここはあの水口の大彌さんと関係あるお店なんですか?」って聞いてしまいました。実際お店番されていた方も「ええそうです。ここが創業の地なんです。皆さん、ここに本店があるってご存知ない方がたくさんおられるんですよ。」って笑っておられました。

深川市場

大彌のある貴生川三本柳の旧市街を通りぬけ、庚申口という交差点を越えます。

その先には信楽高原鉄道のガードが。

信楽高原鉄道は貴生川駅を出た後、銀河鉄道のように小高い土手を駆け上り徐々に高度を上げながら信楽の森林のなかへ消えていくんです。その様子をカメラに収められないかと思いましたが、なにせ本数の少ない路線だけに無計画に待っていても時間が過ぎるだけです。ここは諦めて先へ進みます。

その先で杣川大橋を渡り、しばらく杣川沿いに進むと大きな石の塔が見えてきます。「天保義民メモリアルパーク」の石塔です。このすぐ左手から甲賀武士(忍者)たちの崇敬を集め、寄り合い場所にもなっていたという「矢川神社」の参道があります。

参道の先には立派な茅葺の楼門と太鼓橋が現れました。

この矢川神社は、新宮神社・日吉神社とともに「杣三社」と呼ばれ、その中でも中心的な場所でした。

ちなみに「杣」とは中世の国家や権力層などから木材を切り出すところとして指定された場所のこと。栗東から大津にかけての田上山地もその一つです。

この地で伐採された木材は、なんと杣川から野洲川を経由し琵琶湖へと運び出され、琵琶湖から瀬田川を通じて奈良を始めとした都などの建設資材として使われていたようです。とんでもないところから木を持ってきたのですね。昔の人の行動力って凄まじい…。

杣について調べていたら、近江朝時代の東海道は実はこちらだったと滋賀県の資料にはありました。後に江戸期の東海道に対抗して新海道と名付けられるのですから変な話ですね。

天保義民メモリアルパークの石塔から先が「深川市場」。街道の賑わっていたところには必ずと言っていいほどある和菓子屋さん。ここにも「菓子竜」というお店がありました。

深川市場には街道筋には似つかわしくない洋館があります。滋賀で洒落た歴史的洋風建築といえばウイリアム・メレル・ヴォーリズさんですね。

こちらの洋館もヴォーリズの設計だそう。「仁木家住宅」といって大正12年の建築だそうです。しかしヴォーリズ設計事務所、滋賀県中に建物を建てまくってますね。メンタームも売りまくってますから、ヴォーリズさん滋賀で稼ぎすぎじゃないですかね?

深川市場には「伊賀街道」と書かれた道標もありました。

この道には他にも、古く近江朝時代の「倉歴(くらぶ)越」や「伊勢道」なんて呼び方もあります。道を使う人、時代によって道の名前も変わるのですね。

そこを過ぎると寺庄の集落に入ります。

ここにも和菓子屋「菓子長」さんが。

しかし店内に怪しげな忍者が…。ちょっと入りづらいんですけど…。

寺庄の集落を抜けたあたりに「六角堂」があります。

交差点のど真ん中に特徴的な六角形の建物が突然目に飛び込んできました。地蔵堂とのことですが、こんなところにポツンとあるのでどこか不思議な感じの建物です。

いろいろ見所?の多い寺庄でした…。

大原市場

新名神の下をくぐり、県道4号線と合流しつつ先へ進むと次の街「大原市場」へと入ります。

ここは甲賀駅のある町。

JR草津線の前身である関西鉄道時代は「大原駅」でした。ちなみに先ほどの深川市場のあった甲南駅はやはり関西鉄道の頃は「深川駅」だったとのこと。

東海道や中山道などの幹線街道でいうところの「〇〇宿」とは違いますが、それに似た都市機能があったのでしょうね。

こういった場所には和菓子屋以外にも酒蔵なんかもあったりします。

もちろんしっかり買いました、今晩のお楽しみをね。

甲賀は薬の街だった!

甲賀忍者は表向きは薬売りとして全国を飛び回っていた…。

そう甲賀は薬草が豊富で、忍者たちはそれらを薬にする知識を古くから代々伝え持っていました。そうやって作った薬を全国へ売りに歩いては、行った先の情報を持ち帰ったりしていたのです。

現在放映中のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」でも、岡村隆史さん扮する菊丸(ドラマでは三河出身の農民)は典型的な忍者の生活スタイルです。背中に薬草を担いで国境を行き来しつつ、その土地の情勢を探っている様子が描かれていますね。

甲賀市にある滋賀県薬業協会のホームページをみると、登録されている製薬会社は33社あり、そのうち甲賀市内に拠点があるのは14社と約半数近くにものぼります。

まさに甲賀は薬の街なのです。

杣街道沿いにもいくつか製薬会社が見られますよ。

その「大昭製薬」の角を曲がり、再び杣川を渡って街道は続きます。

川を渡った先は「滝」という地区になります。このあたりは多岐氏が治めていた土地で、近くには多岐城址もあったりします。

ここにも「滋賀県製薬」の大きな工場がありました。

滝の自治会館のところに龍福寺というお寺がありますが、その隣に薬の神様を祀る小さな社があります。

新型コロナの感染拡大を止める薬が早くできることを願っておきました。

油日神社

甲賀の街をあとにして草津線滋賀県側の最後の駅「油日」へ向かいます。

杣川沿いの牧歌的な風景が広がります。こんな何にもない景色が意外と好きだったりします。

遠くに見えるのが油日岳でしょうか…。

陸橋下のクランクを越えて…。

油日駅に到着。結構立派な駅舎です。

タヌキやら忍者やら甲賀市名物のてんこ盛り感がスゴイです。先日のブラタモリで甲賀市をやってましたが、水口と信楽の2部構成的な内容になっていました。やはり街道筋の街と信楽では同じ甲賀市には入っていますが文化圏が違うようです。

油日と言えばブラタモリを始めとしたテレビの撮影や、映画のロケ地として注目が集まっている場所があります。油日神社です。

駅の近くに「油日神社」の真っ赤な一の鳥居が現れました。これは割と最近建てられたもののようで、江戸期には存在していません。

杣街道は線路にそって進みますが少し寄り道してみましょう。

鳥居を潜ってその先の県道131号を山の方へと進みます。

ドラマの撮影が多いと聞いたのでどんな感じになっているのかと思いきや、集落の中にむしろ目立たないくらいの感じで存在していました。

境内に入ると甲賀武士の中心地であったと言われる場所だけに、飾り気のない質実剛健な造りの楼門や回廊が、逆に他にはない雰囲気を醸し出していました。

きっと、この現代的なものが何も感じられないところが時代劇などでも使いやすいのでしょうね。

お腹が減ったので補給食。貴生川の大彌さんで買った「みそまんじゅう」を頂きます。ほのかな味噌の香りがする上品な白あんとフワフワな皮が絶品。これが一番人気だというのも納得です。

杣街道のゴール・柘植

ここからいよいよ県境を越えていきます。目指すは本日のゴール・JR草津線終点の「柘植駅」。

ここにも製薬会社。塩野義製薬の油日事業所です。敷地が広すぎて建物らしきものも見えん…。

塩野義の事業所を越えると三重県に入りました。

県道4号は緩やかな登りなので、おそらくそんなに登りを意識せずとも大丈夫な道です。若干交通量は多めなのでその点は注意が必要。

登り切ったあたりで県道4号とお別れし、左手に進路を取ります。

地道を通って、柘植駅から伸びる関西本線の線路を踏切で渡ったりして進むとゴールの柘植駅に到着。

柘植駅から草津方面の電車はだいたい1時間に1本~2本は電車です。柘植駅の周りには一軒だけ喫茶店らしきお店があるものの、ほとんど何もないので時間を潰すのが苦しいと思います。しかし、そんなときはボーッとしとけばいいんです。それも自転車の旅ですから!

今回は柘植からまた同じ道を往復して帰ったので、結局100㎞越えてしまいました…。

サイズの小さいマウンテンバイクで100㎞はなかなかのハードコースですが、起伏の少ないコースだったのと、のんびり一人きりのポタリングだったからか、思ったほどしんどくはなかったですね。

で、夜は甲賀・田中酒造の「春乃峰 にごり酒」

活性にごりを自転車こいで持って帰るのは結構チャレンジですが、背中で爆発しなくて良かったです…。

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