ヤジキタ2018中山道自転車走破(十三峠~各務原)

坂レベルの高い県

中津川名物でお腹も一杯になったところで、今日の宿泊地 各務原へ向けて急がねばならない。笠置山を右手に見ながら長閑な道を進む。道は相変わらず大小含むアップダウンが続く。普段なら平坦よりもこういった変化のある道は走っていて面白いのだが、中山道6日目で400㎞以上走ってきている脚には辛い・・・。

 


▲甚平坂

峠とまでは呼ばれていないものの名前の付いた「坂」もある。地図ではその微妙な違いなんてわからないのだよ。「大井宿」手前にある「甚平坂」なんて峠と呼んだ方がいいのではないかと思う。こんなのを坂を呼んでしまう岐阜県の坂レベルはもしかすると高いのかもしれないが。

 

ラスボス出現!

「大井宿」に入った。ここは岐阜県恵那市の中心街である。旧街道らしい街並みが残っているが、特筆すべきものもないので、ここは先を急ぐ。

阿木川を越え、中央自動車道の恵那インターの先からいよいよ中山道自転車旅の最後の難関が始まる。

「十三峠」だ。

大井宿から大湫(おおくて)宿までの約14km、名前のついた「坂(峠?)」がいくつも繰り返される中山道随一の難所(もう聞きあきました…)である。

「十三峠に、おまけが7つ」なんて昔から言われているらしいが、テレビショッピングでもオマケは3つが相場だっつーの!いくらなんでも7つは多すぎだろ!?と突っ込みたくなる。

だったら最初から「二十峠」にしといてほしい。

 

しかもこんな注意書まであるのだ。

(中山道はここより御嵩宿まで約30㎞幹線道 鉄道を外れ山間を行きます。途中 食堂や商店 宿泊所などありません。十分な準備 下調べで前へお進み下さい。)

ここまでいくつかの名のある峠を越えてきたが、こんな風に警告してある場所はなかった。まさに後戻りのできない❝ラスボスゾーン❞に入るかのようだ。

ヤバい! しかもこれは平坦どころか山道が30㎞も続くことが確定したということである。

しかし、この旅のクライマックスに相応しい峠に挑まないという選択肢はない。そんなのはゲームをクリアせずに放置したのと一緒である。行ってやろうじゃないの!

 

石畳へ自転車を押して入る。

ラスボス峠とは言え、気持ちの良い木漏れ日の中を進む。ただ石畳のあとは砂利道になっており普通のロードバイクで進むには躊躇する。なのにY工場長、全く気にもせずグラベル用のバイクにでも乗っているのかと思うほど、躊躇なく砂利の上を漕いでいった。

だったら私も躊躇している場合ではない。漕がないと下手をすれば山の中で真っ暗になってしまう可能性だってあるのだ。ああ、やっぱり旧街道サイクリングにはグラベルロードかアドベンチャーロードが欲しい・・・。

 

林の中を抜けると里山ゾーンになった。こりゃたしかに何にもないわ・・・。自販機すら有りそうにない。この里山ゾーンを抜けると短い舗装路ゾーンが現れ、そしてヒルクライムゾーンに。

でまた、石畳ゾーンが現れた。さらにまた林の中のグラベル道が・・・

この十三峠、(石畳→林→里山→登り→石畳)が繰り返されるのだ。どこまでいっても同じところをグルグルと回らされているかのよう。まさにラスボスゾーンの最後の迷宮か。しかもRPGゲームでもありがちなラスボスゾーンに入るとセーブポイントがないという試練のごとく、補給場所もないという過酷さ。

 


▲十三峠の案内板

途中、深萱立場跡という案内板があった。赤いマークはこれから襲い掛かる「名のある坂」である。うう・・・お腹が痛くなってきた・・・。次の宿場「大湫宿」がとてつもなく遠く感じる。

逆に沢山ある青いマークは昔あった茶屋跡だ。これだけあると、さぞ旅気分が盛り上がっただろう。坂は多いが登りのキツさは大した事ないので、十三峠は昔の人にとってはむしろ変化の多い楽しい道だったに違いない。今もちょっとくらい残しといてくれればいいのに・・・。

 

▲一里塚跡

もうパンク覚悟でグラベル道を普通のロードバイクで走る。何しろほとんど舗装路が出てこない。出てきたと思ったら登り坂だし・・・。

それでもやはり中山道。道の傍らには旧街道らしく一里塚跡や様々な石仏などを見かけた。賑わいはなくなったが、昔のままの中山道がここにはあるようだ。

江戸時代へタイムスリップするかのような現代的なものがなにもない十三峠。そこへ突然、現代へ引き戻される光景が…

ゴルフ場である。

このあたりを権現山と言うのだそうだが、中山道を跨ぐ形でゴルフ場が横たわっている。その名も「中仙道ゴルフ倶楽部」だ。

「カキーン!」「ナイショッ!」。…優雅なもんである。カート道を寸断する形で中山道の石畳が続いていた。

 

ラスボス撃退?

喉の乾きもお腹も限界かと思われた頃、人里に辿り着いた。「大湫宿」である。

なんと食料品店や自販機があった。ここはオアシスか…

コンビニのような品揃えは無いがそんなの全然構わない。

目の前にあったヤマ◯キのあんぱんに飛び付いた。チョーウメー!

ドリンクも補給し一安心だ。

 

ということは、これでラスボス峠は見事倒したということだな?

私の残りHPもギリギリだったようだし危うかった。さすがラスボス「十三峠」!

 

一息ついて食料品店の先の角を曲がると、ちゃんとした観光案内所があった。もうちょっとだけ頑張っておけばよかったのだが、HP無くなって全滅しかかっていたので仕方ない。

こちら国登録有形文化財「旧森川訓行家住宅(丸森)」の建物で、昔の旅籠だそうだ。現在は見学可能な観光施設になっている。玄関先でお仕事中のお兄様に声を掛け、中へ入らせてもらった。


▲大湫宿観光案内所の皆様  いろいろお話ありがとうございました!

大変趣のある立派な建物だ。中でお茶をいただきながらホッコリ。我々が日本橋から草津へむかっていること、自分たちのことをヤジキタに例えて旅していることなど話すと、

「たしかこの近くに弥次さん喜多さんが宿泊したっていうお家があったって言うよ。」

と教えていただく。身体も十分休まったので、さっそくその場所を確かめに行った。

見ると普通のお家だったので写真を乗せるのは控えておくが、大体こんな話だった。

(大湫宿のとある宿に泊まった弥次喜多。喜多さんがそこの女中に一目ぼれし、夜中にイノシシが入ってこないように畑の前で番をしている女中に夜這いをかける。するとどうも先客がいる様子。アテが外れて気落ちした喜多さんは部屋に戻ろうとしたところ、イノシシを捕まえる落とし穴にハマってしまった。女中や宿の連中はイノシシが捕まったと思って見たら、そこにいたのは喜多さん。弥二さんはそれを見て大笑い・・・)

という夜中のドタバタ騒動劇だ。だいたい弥次喜多は夜這いして失敗するパターンがよく出てくるのだが、今回も身から出た錆である。そんな喜多さんがハマったと思われるお家の裏にある畑を眺めた。さすがに江戸時代のフィクションなので、実際に何かが残っているわけではないのだが、なんとなくその情景が思い浮かぶようだ。

 

大湫宿の観光案内所で中山道の資料をもらった。それに十三峠の坂の名がすべて載っているのだが、

1:寺坂
2:童子ヶ根
3:山之神坂
4:しゃれこ坂
5:地蔵坂
6:曽根松坂
7:びあいと坂
8:巡礼水の坂
9:樫ノ木坂
10:五郎坂
11:鞍骨坂
12:権現坂
13:新道坂
14:向茶屋坂
15:ばばが茶屋坂
16:みつし坂
17:黒すくも坂
18:紅坂
19:平六坂
20:かくれ神坂
21:うつ木原坂
22:みだれ坂
23:槇ヶ根坂
24:七本松坂
25:西行坂

あれっ、25個って・・・? たしか十三峠におまけ7つ・・・計算がおかしいじゃないか! おまけが12個に増えとるッ‼ これは峠詐欺だろっ。

 

まだまだ続く峠・・・

と思う間もなく次の峠をおかわりだ。もう坂はお腹いっぱいです・・・

琵琶峠はおよそ1㎞もの日本一長い石畳がある峠。琵琶峠の名前の由来は諸説あるが、滋賀に絡むものでは、伊吹山方面(琵琶湖方面)が峠から望めたからというのもあるらしい。

石畳というか、ほぼ石の階段のような琵琶峠の1㎞をひたすら自転車を担いだまま通過。その先に「細久手宿」があった。大黒屋という旅籠の他は目だった建物はない小さな宿場跡である。ちなみにこちらは尾州藩定宿だった本陣で、現在も旅館として営まれている。

 

細久手宿を過ぎると、中山道はすぐに県道65号から別れる。また山道・・・。

細久手から次の御嶽宿まで約12㎞も続く砂利道、途中にある坂が「秋葉坂」だ。もうホントに勘弁してくれっ!っていう気分。いつまでたっても山を抜けられない焦り・・・。日も暮れて来た。秋葉坂には石窟に並んだ3つの石仏があった。「秋葉坂の三尊石窟」という。石仏好きのMさんに是非見ていただきたいと思って写真を撮っておいた。

 

太陽がかなり低い位置になってきた。まだホテルまで35㎞もあるというのに。

一体いつになれば山道が終るのだと思いつつ、ふと前を歩くY工場長を見ると・・・、

夕日に照らされ神々しいばかりの工場長がそこにいた。あまりの山道の辛さについに昇天して神になってしまったかと思ったが、絵的に面白かったのでカメラを向けた。

果たして希望の光になるかどうか・・・。

 

山、脱出!

再び県道65号に出ると、そこからは舗装路だ。ようやく無事明るい内に山を脱することができた。国道21号まで出ると郊外の街の雰囲気になってきた。ここからはもう平坦だろう。あとはひたすらかっ飛ばすのみ。と、気持ちはそうだが脚は回らず・・・。

しかし勢いで御嵩宿はかっ飛ばしてしまった。

 

御嵩宿を通り過ぎようとしたところに「鬼の首塚」と書かれた幟のたった場所があり、少しだけ立ち止まった。昔ここに乱暴狼藉を働く「関の太郎」という鬼がいた。地頭に捕まり首をはねられた鬼が眠っているらしい。

 

国道21号は大きな道で交通量も多い。道の脇に「伏見宿」の碑があった。追い越す車に注意しながら先を急ぐ。

 

日も沈みライトも点灯しながら進む。

カメラが割と明るいレンズなので写真が明るいように見えるが、実際はもっと暗い。妻籠のあたりからしばし離れて進んできた木曽川と久々にここで合流する。

美濃加茂市に入った。

 

ひたすら国道21号を走る。大きなトラックがビュンビュン後ろから走ってくるので非常に怖い。中山道は本来だと宝積山のところで再び山へと入っていくが、すでに真っ暗なためそのまま国道を進む。ただ歩道がなく、道路のすぐ下を木曽川大きな流れが見えている。もしトラックに跳ね飛ばされたら木曽川にドボンであろう。おお怖ッ!

 

慎重に後ろにも気をつけながらようやく「鵜沼宿」まで辿り着いた。


▲鵜沼宿 菊川酒造の酒蔵

「鵜沼宿」はなかなか見ごたえのある宿場町だった。ただもう人っ子一人いない。

 

各務原に到着

本日の宿「ルートイン各務原」まではあと7㎞ほど。JR各務原駅の少し先にある。すでに午後8時をまわった。

ただビジネスホテルなのでチェックイン時間でとやかく言われることはない。この日にビジネスホテルを選択している私も素晴らしい。自画自賛である。

ホテルのカウンターで地元のオススメ居酒屋を聞くと大変丁寧に教えてくれた。ホテルには大きな温泉もあった。疲れを風呂で流し、身軽になったところでホテルお勧めの居酒屋「ほっこり」へ。

その居酒屋はホテルから歩いて8分程度のところだったが、さすが地元の情報だけあって安くて美味しい店だった。しかも地酒も豊富。しかし疲れもピークなのか酔いがすぐ回る・・・。

すぐに眠くなってきた。やはりアラフィフ、若くはないか・・・。ああ、ほっこり。

 

明日は最終日。いよいよ滋賀に凱旋だ。

この旅一番の距離ではあるが、これで長い長い大人の春休みが終ってしまうのだ。じっくり旧街道を味わいたい。

 

 

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