自転車でめぐる近江の旧街道~北国海道(西近江路)4

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小松宿~ 鵜川四十八体石仏

北小松の誰もいない湖岸。このあたりのお家は軒下まで琵琶湖が迫っています。湖水がとても透明度が高くてキレイで、小鮎たちが泳ぎ回っているのも良く見えます。また遠くの対岸には沖ノ島が霞の中に浮かんでいるのが何とも幻想的な景色。こんな景色を毎日見て過ごせるなんて最高ですね…。しばし琵琶湖に見とれます。

さて、西近江路は観光客や、今流行のSUP(サーフボードに似たボードの上に立って、パドルで漕ぐウォータースポーツ)でごった返す白鬚神社の前を通り過ぎます。ビワイチの自転車も多いですね。車も大渋滞ですし、ホントにここは何とかしないと危なっかしいってのもありますが、いろんな人にとってストレスがかかること自体、不本意なことです。

そんな白鬚神社を通り過ぎ、向かうは「鵜川四十八体石仏」

西近江路では唯一、旧街道の雰囲気らしい石畳風の路面になっている区間です。

ちょっとした登り坂ではありますが、真下の車道は交通量も多く狭いので、ちょうどよい迂回路でもあります。

「鵜川四十八体石仏」は近年までは、室町時代に対岸の観音寺城主・佐々木六角義賢が母を弔うために作ったとされていましたが、実はそれよりも100年以上前に作られていることが判明。石仏が作られた由来は謎に包まれてしまいましたが、そんなにも昔からこの西近江路があったのだということに歴史ロマンを感じずにはいられません。

打下の石垣~大溝城下町

「鵜川四十八体石仏」を越えるといよいよ大溝へ。

国道161のバイパスから左側に行くと大溝の町へ入ります。その手前には「打下(うちおろし)」という地区があります。打下は昔の文献には「打颪」とも書いていたそうで、比良おろしの風が激しい場所であったからではないかとも言われています。

この打下あたりには道路に沿って石垣らしきものが残っています。いつもビワイチの時には特に意識もしてませんでしたが、最近図書館で借りた昭和57年発刊の「近江の街道」には、その当時まで湖岸沿いにお城のような立派な石垣の存在が載っていました。

打下の石垣

湖岸へ降りる階段だったものなのだろうか…

そういう目線で再びこの地の風景を見渡した時に、見つけたのが上の写真の石垣や階段です。昭和57年当時まではこの場所が湖岸であり、今の161バイパスは湖中に新たに造られた道だったのですね。何度も通った道なのにまだまだ新しい発見があるもんです。

大溝は織田信澄が治めた城下町でもあります。今でも石垣造りの大溝城址が病院の裏手にひっそりと残っています。

大溝では様々な史跡を見ることができ、西近江路の中でも見所エリアの一つになります。

大溝陣屋の総門は、江戸時代の武家のエリアへの入り口に設置されていたもの。

大溝のまちわり水路

街道の一つ裏手には大溝城下町のシンボルとも言うべき風景が…。

1619年にこの地に入封した分部光信は町民エリアの拡張に伴い、水路の整備を行い生活用水が各戸へ行きわたるようにしました。また古式水道も整えられたそうです。当時としては最先端の町だったようですね。

高島ビレッジのある通りにも道標が残されています。町はずれに近いバス停の脇ににひっそりとあるので、思わず見落としそうになります。

三本の西近江路

実はこの先の西近江路ですが、資料によるといくつかの説が出てきます。上街道・下街道に分かれていたとか、湖辺路・中辺路・山辺路に分かれていたとか…。

湖辺路は字のごとく、萩の浜へ出て湖岸を進むルート。当初走ってみたルートはどうやら中辺路と思われるもの。その後、前述の「近江の街道」を見て改めてルートを見直してみました。よくみると史跡らしいものがいくつか連続する道を発見。どうやらこれ(紫のルート)が山辺路と言われるものでしょうか。(実は紫のルートを後日改めて走り直したので、以下は紫ルートの紹介になります。)

ひとまず県道558号を進み、「鴨」の交差点で左折した先に「高島歴史民俗資料館」という建物があります。

この建物の敷地内に道標が三基残っていました。どうやら西近江路はこの道で合っていそうです。高島歴史民俗資料館にも、すごく興味はありますが時間もあまりないので先を急ぎます。

資料館のから少し走ったところに古墳がありました。

鴨稲荷山古墳

たんぽぽが咲き乱れる丘の上には小屋があって、小屋の中には石棺がありました。このあたりは継体天皇を生み出した地だそうで、天皇にまつわる史跡が多くあります。この古墳もその一つだそうです。

天皇橋

三尾里の胞衣塚:継体天皇の胞衣(へその緒など)を埋めたところらしい

「三尾里の胞衣塚」は、こんもりとお椀で伏せたような小山が、道端の畑の奥に見えます。

この先のY字路を左へ進み、南市の交差点にも道標が残されていました。

正面に「石敢当」、右側には「すぐ北国海道」、左には「すぐ京大津道」、裏面には「天保十三年壬寅春正月安原氏建之」とあります。「石敢当(いしがんとう)」とは道の突き当たりなどに設置されることの多い、魔除けの願いがこめられたもので、主に沖縄や鹿児島あたりで多く見られるもの。県内では唯一ここだけに現存する貴重なものです。

なのに…、この道標、南市交差点の植え込みに埋もれるように建っていて、おそらく気づく人は少ないかもしれません。しかも植え込みの内側は人家なので中に入ってみるわけにもいかず…。隠し宝箱みたいな道標ですが、こういうの見つけるサイクリングイベントとか面白いと思うのですが…私だけ?

(つづく)

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