自転車でめぐる近江の旧街道~北国海道(西近江路)2

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歴史を感じる西近江路・坂本

四ツ谷交差点から再び旧道へ。現代的な道と違って旧街道は微妙な曲線を描きます。この曲線に萌えるようだと立派な旧街道フェチ。こういうところに匂い?を感じるのです。

旧街道はS字を描くように道が作られていますが、県道558号はそれを貫くように直線的に造られています。旧街道においてはこのような場所が沢山出てきます。車では通り過ぎるだけの景色の隣に、実はひっそりと昔の息遣いを残している道、それが旧街道なんです。

坂本は滋賀の歴史においてもとても重要な役割を担った場所。

日本仏教の総本山とも言える比叡山延暦寺、宗教的な勢力はそのまま当時の巨大な権力体制でもありました。全国より街道を通じて集められた物資は、琵琶湖周囲の各港からこの坂本へ集められたのです。言い過ぎかもしれませんが、ここがある種の日本の中心として機能していたと言えるのですね。織田信長の近江侵攻以降は、比叡山焼き討ちなどを経てこの地を治めたのか明智光秀と坂本城というわけです。

重要なインフラの要と言えるこの地にあった坂本城は、あの安土城に勝るとも劣らないような城だったと言い伝えられます。しかし今は何も残っていません…。

途中、ふと旧街道から琵琶湖側を見ると鳥居が目に入りました。有名な日吉大社のお祭り「山王祭」で、船渡御の御座船が琵琶湖へと漕ぎだす「七本柳」の乗船場にある山王鳥居です。車で県道を走っていても見えますが、このように道の先に鳥居があったんですね。

先へ行くと「両社の辻」という交差点へ出ました。ふと左手を見ると、立派な提灯が道の両側に掲げられています。そこには向かい合うように2つの神社がありました。

右手を「酒井神社」、左手が「両社神社」と言います。こんな風に2つの神社が向かい合った場所って結構珍しいように思うのですが… 滋賀県が人口当たりの寺社仏閣の数が京都を抜いて日本一であるのもなんとなくわかるような気がします。

酒井神社の境内奥にこんなものが…

明治29年に琵琶湖の水がここまで上がったことを示す石碑です。洪水位と書かれた線が引かれています。洗堰のような治水設備の無かった頃の琵琶湖は、結構頻繁に水位の上下動を繰り返し洪水になったり、渇水になって船を出せなくなったりしたそうです。

西近江路は県道を越えて先へ。下坂本あたりにも雰囲気のあるお家が並んでいます。いかにもって感じの建物ではないものの、ほのかに香る旧街道の空気…目を凝らしてキョロキョロと探しながらのサイクリングです。

再び県道に戻る手前に「聖衆来迎時」というお寺があります。こちらには信長の小姓「森蘭丸」の父「森可成」の墓があります。ちょっと寄り道してみましょう。

比叡山の開祖・最澄が創建した寺ですが、信長家臣の森可成の墓があったため、比叡山焼き討ちの際にも焼失を逃れたということです。

▲森可成の墓

しばし県道を進み、苗鹿三丁目の交差点に旧街道らしいものが。

苗鹿(のうか)の常夜灯です。1847年に伊勢講の寄付によって建立されたもの。近くには「那波加神社」(なはかじんじゃ)ってのがあります。祭神は天太玉命という神様で、老翁となった天太玉命の農事を鹿が助け、稲の苗を鹿が背負って運んだことから「苗鹿」という地名になったというそうです。(のうか)と(なはか)、読みは違うものの元は一緒なのでしょう。

この先、旧道を進みます。途中「雄琴温泉」の足湯なんかもあり、疲れた脚を休めることも。って、まだ大して疲れていませんけど。

県道からだと雄琴の特殊浴場の派手な建物群が目に入りますが、こちらの旧道からではそれらがあまり目に止まることもなく進むことができます。

まぼろしの衣川宿

たしか衣川(きぬがわ)って地域に大津から数えて初めての宿駅が街道マップには記されている。一体どこなんだろう…と探しながら進みます。

旧街道からは外れるのだけど、交通量の多い県道よりも、一つ山側の道が自転車では走りやすいのでそっちの道へ。ここは普段もよく使っている道。

その道から湖西線の下を潜って、仰木の里の住宅街の方向へ進んだところへ「衣川廃寺跡」があります。飛鳥時代の寺跡だそうだけど、湖西はかなり早い時期から様々な文化が広まっていた地域なんだなと感じます。そう言えば地図を見ていてもこのあたりは古墳だらけ…。

仰木口で左折して仰木道から右へ入っていくカーブの先に、大きな木とその根元に地蔵堂や道標があります。

元は一里塚だったそう。ここの道標には「白鬚大明神」と刻まれていますが、この先でも白鬚大明神の道標を見かけることに。白鬚大明神とはもちろん湖中鳥居で有名な白鬚神社を指しているのでしょうね。

ってこのブログを書くのに道標のことを調べていたら、なかなか面白いサイトを発見!

▲大津市HP 「道標リスト」

もう一つ、えらいサイト見つけてもた…(また行くところが増えてしまう…)

▲大津のかんきょう宝箱 歴史の道

さっきの酒井神社にも北国海道の道標があると書いてある。これ見とけよ…。まあいいか、今度から参考にさせていただきます。

で、衣川宿。ネットで調べる程度ではどのあたりか情報があまりにも出てこない。なのでさっぱりわからず。このあたりが堅田の港、北国海道や仰木道といった街道の結節点であったということを踏まえて考えると、当時は大きな町であったことは容易に推測できます。ということで宿場は堅田あたりということでお茶を濁す…。この先もそうなんだけど、西近江路の宿場はこれといった情報がまったくない。現地へ行ってみても、それっぽく示すものもない。それでもどこが宿場であったのか、そんなことを考え、想像を巡らせてみるのも面白いもんです。

(つづく)

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